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今日の深夜の1時~2時頃だったかな?
TVでアマの歌オーディション番組を見てたんです。

まぁそれはそれは上手い人が沢山参加していたんですが、うまいと思う人のほとんどが落ちてました。
審査員が求めてるものは「ある程度の歌唱力と素晴らしい表現力」の2種類。
もちろん見せる力、声の質、人間性なども審査基準には入っていると思いますけどね。

ただあまりにも表現力を求めすぎた審査基準というか、これは歌が上手い人、伸びしろがある人を潰している気がしてならないのです。
もちろん歌に隠れた「喜怒哀楽」を表現することはとても重要な要素だとは思うものの
あまり表現に偏りすぎた歌い方というのは歌唱力を潰します。
ようするに感情を込めすぎるとピッチに意識がいかなかったり高音域の喉使いや息使いを謝って張り上げ気味になる等、デメリットは大きいのです。
もちろん改善の余地は全然あると思います。
でも現代の音楽はピッチ補正を簡単に使ってしまう風潮があるせいで正直、これ以上の伸びしろがない気がするのです。
まぁそれは本人の意識の問題なんですけどね。
「もっと上手くなりたい、ピッチ感がまだまだだ!この高音は少しの声を絞ったほうが聴きやすい!」とかね。
そういうことを考えながら歌っていて、常日頃からそれを練習している人は伸びしろがじゅうぶんにあると思いますよ。

で、何が言いたいのかというと
「表現力はだそうと思えば誰でも出せる、それよりも歌唱力ではないか」
ということ。
表現しようと思えばいくらでも喜怒哀楽は出せます。しかし歌唱力を見せに来た人がオーディションという場所で表現力に偏った歌い方をするんでしょうか?
きれいに歌って自分のピッチ感やリズム感、低音から高音までの声の質、息使いを聴いてもらいに来る訳ですよ。
その心理を理解せず、歌は表現だ!と言ってしまう審査員は果たしてどうなんでしょう。
これこそが日本の歌唱力低下に繋がっているのではないかと思うのです。
歌手という世界に入ってしばらくすれば、次第に歌い方にも余裕が出てきて知らずと表現力もついてくると思うんですよ。

でも自分は歌唱力よりも表現力主義です。審査員の言っていることもよく分かる。
けど、歌唱力を見せに来た相手に表現力が足りないと切り捨ててしまうのはあまりにもどうかと思うのです。
おれは心の底から世界の歌唱力向上を願ってます。ひとりでも多く歌がうまくなってほしい。そのためには手本の歌手が大切です。審査員の皆さん、どうか自分の世界を押し付けるのではなく、もっと考えて、ね?
という記事でした。
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